神無月のころ、栗栖野といふ所を過ぎて、ある山里にたづね入ることはべりしに、
はるかなる苔の細道を踏み分けて、心細く住みなしたる庵あり。
木の葉に埋(うづ)もるるかけひのしづくならでは、つゆおとなふものなし
閼伽棚(あかだな)に菊・紅葉など折り散らしたる、さすがに住む人のあればなるべし。  
かくてもあられけるよと、あはれに見るほどに、かなたの庭に、大きなる柑子の木の、
枝もたわわになりたるが、周りをきびしく囲ひたりしこそ、少しこと冷めて、
この木なからましかばとおぼえしか。 
                  
                             吉田兼好 『徒然草』               






その日の夜、私ブルーバードシルフィでインディアブラボーに向かっていた。
いつもの峠(vsエスティママックス参照)のふもと で、さびれた温泉宿の駐車場からホンダ・オデッセイが我がブルーバードの前に飛び出してきた。





”オィオィ、フツーは待つだろ・・”
私は減速を余儀なくされ、オデッセイの背後につく格好となった。オデッセイの乗員は男1人だけの様子であった。
オデッセイが峠の上り勾配で加速を始める。



”コイツと少し遊んでみるか・・・”
どんどん離れてゆくオデッセイに対し、我がブルーバードは追撃態勢にはいった。
バトル開始。



ダム湖周囲の2速メインのワインディング。
ブレーキングで距離を詰め、オデッセイをロックオン。
コーナーでプレッシャーをかける。立ち上がりでアクセルをべた踏みし、ATが2速にキックダウン。
久々の本気バトルだ。



”なかなか速ぇじゃねーか、オデッセイ。くっくっくっ・・”



背後から下品に煽ることはしない。それは私のポリシーに反する。
およそ40フィートほど車間を空けて追尾する。
そのような ”なまぬるい”攻撃であっても、コーナーで車間を少し狭めてやるといった隠微な小技を追加することで相手に逃げ切れないと錯覚させることもできる。





やがて、じわじわとオデッセイのペースが上がってきた。
私も喰らい付いてゆく。
ブレーキングの途中、橋の継ぎ目の鉄板でABSが作動。足裏に振動を感じるとともに一瞬ヒヤリとする。
あい次ぐ対向車のライトで視界が遮られる中、先行のオデッセイは勇猛にコーナーに飛び込んでゆく。



”ヤツは元走り屋なのか?・・。速い・・ ”



オデッセイの背後に喰らいついてゆくのが苦しくなった。
コーナーでは車重の軽い我がブルーバードに利があるようだが、立ち上がりからストレートにかけてオデッセイの方がわずかに速いようだ。
我がブルーバード1800tとオデッセイ2400tの排気量差が効いている。
少しずつではあるがオデッセイとの差が開いていった。


これが意味することを走り屋のはしくれである私は十分理解していた。
バトルを制する重要なカギはストレートでの速さ、つまりパワーである。
パワーで勝るがコーナーが多少遅いA車とパワーは劣るがコーナーが多少速いB車のレースにおいては、勝利を治めるのはA車であるということはどの教科書にも載っている基本的な事実である。多くの場合、相手を追い抜くのはコーナーではなくストレートだからである。
コーナーで速いことは、立ち上がりからストレートでの速さにつながるからこそ有利なのである。コーナーで相手を追い抜く事ができるからではない。
空手の大山倍達が『技(わざ)は力(ちから)の中にあり』と言ったが、実はクルマにおいても同じことが言える。
初心者ほどコーナーを速く走ることに熱心であり、上級者ほどストレートの速さ(パワー)を重要視する。



 直列4気筒2400t 190PS/6800 23.2kg/4500 



もう一つ気になる点があった。
闘いの始めには我がブルーバードが優勢と思われたにも関わらず、今こうして苦戦を強いられているということはオデッセイがこちらの出方に応じて攻め具合をコントロールしていたことを意味している。
バトル中にこうしたペース配分ができるのは戦い慣れている証拠だ。



話を戻そう。
苦しい戦況の中で、オデッセイの前に一般車が現れてバトルが中断してくれないか、そうすれば楽になれるという弱音が私の心にちらつき始めた。
そのような弱音をオデッセイに悟られたくない私は、コーナーのセンターを割って、なんとか喰らい付こうと頑張った。
しばらくすると前方に数台の一般車列が現れ、ここでバトル終了。



” あの重いオデッセイでこれほどまでとは。 たいした野郎だ。 俺の負け・・、か? ”
本バトルは私から仕掛けたものである。不利な先行で我がブルーバードから逃げ切ったオデッセイを私は素直に讃えた。



オデッセイは前方の一般車を鬼のようにベタ付して煽りまくった後、やがて数台をまとめて抜き去っていった。
『この木なからましかば』。冒頭にあげた兼好法師のことばが思いだされた。




                                  戻 る



inserted by FC2 system