その日はおぼん休みで道は普段よりいっそう混雑していた。午前中職場に顔を出した私は雑務を片づけ、正午前には家路についていた。
インディアからマイクまでの20マイルの道すがら、今日はゴルフの打ちっぱなしに行くか、それとも市民体育館で筋トレでもするか、はたまたどこかに泳ぎに行こうか、などとエアコンの効いたシトロエンの車内でその休日の過ごし方について思いをめぐらせていた。








片側2車線で長い直線が続くホテル・バイパスに至っとき、背後から真っ赤な小ベンツが迫ってきた (* こべんつ:重厚かつ長大が当たり前であったメルセデスベンツにおいて、80年台後半に初のコンパクトクラスである190Eがリリースされた際、一般庶民が蔑んでこのように呼称した。今ではほとんど死語と化している)。


派手なレッドのCクラスクーペ・・・およそこのようなクルマに乗る者は水商売関係の女か、セレブなマダム、あるいはチンピラの類。そのような偏見にあふれていた私は、60ノットの高速で巡航する我がシトロエンをロックオンして追いついてきたこの小ベンツに嫌悪感をおぼえた。 



赤信号で横にならんだCクラスクーペは、信号が青になるや猛ダッシュで我がシトロエンを置き去りにした。
やれやれ、つまらぬ輩だ(*相手にせねばよいものを、それに反応する私もつまらぬ輩の一人である)



そのテールにはC200 AMGとエンブレムが張られていた。恐れ多くもAMG様であった!
無論、容易に予想される如く、マフラーは1本出し、ブレーキもノーマル。
つまりばれると恥ずかしいエンブレムチューンである(*最近は露骨なエンブレムチューンはあまり見かけなくなったが)




私も遅れてアクセルを踏み込み C200 AMG に引き離されぬよう喰らいついた。速度は60ノット程度でまだ互いにツメを隠して様子をうかがっているのが分かる。
赤信号でふたたび両者がサイド・バイ・サイドで交差点にとまる。



うだるような暑さの中、私はエアコンのスイッチをそっとオフにした。
不気味な緊張感がはりつめる。




信号が青に変わり私はアクセルを強く踏み込んだ。
”本気になるなよ、これは遊びなんだからな、ベンツさんよ・・”
意表をつくことに成功したのか C200 AMG の前に出ることに成功した。ヒョロヒョロしたシトロエンがAMG様に交差点シグナル・バトルを挑むなど普通は考えられないだろう。



ベンツはすかさず加速し、サイドから我がシトロエンをぶち抜いて行った。私の右足も床を踏みぬいた。
2台が紳士の仮面を脱ぎ、見苦しいステゴロに突入した瞬間であった。



”あ、アカン!! 同じ2リッターなのに、あっちの方が速え・・”
C200 AMG は先に下りの長いトンネルに突入した。
速度計の針がじりじりと3時方向をさした。
これがずいぶん長い時間に感じられた。


C200 AMG は何を思ったのか2車線の中心、センターライン付近を走り始めた。一般道での慣れない高速度に危険を感じたため、安全を確保しようというのか。
ここで速度がのってきた我がシトロエンがC200 AMGを射程距離にとらえた。およそ100ノットでサチュレートしたC200 AMG(*リミッターはまだ作動しないはずなので精神的にサチュレートしたのであろう)を右からかわしてぶち抜いた。



その後、赤信号で後ろについたC200 AMGをみると、ヒロ斉藤似のヤクザ風の男が殺気に満ちた形相でタバコを吹かしていた。
周囲の一般車に合わせて普通のペースに戻した我がシトロエンに、その男は背後からクラクションを鳴らし、C200 AMG を蛇行させた。そして横に並ぶと、車を降りてケンカで決着をつけろと言わんばかりに軽く蛇行しながら並走してきた。




”カッカッカ、もう決着はついたんだよ、バーカ! ”
私は恐怖心を悟られぬよう、満面の笑顔を見せつけた。そしてそのやくざ者が行ってしまうのを見届け、陰鬱な気分で家に帰った。 








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