2014年6月某日の朝、夜勤を終えた私は国道を経由して30マイル離れた自宅に向かっていた。
市街地を抜けた頃、前方で1台の初代プリウスが別の車を強引に追い越している光景が目に入った。
プリウスはその後も前の車を煽るなど行儀の悪い運転をしていた。




    
タンゴ峠ふもとの登坂車線手前の信号が赤で停車した時、我がGT-Rの前にはこのプリウスが停まっていた。



・・・不気味な静寂が続いた。
私はプリウスの殺気を、プリウスは我がGT-Rの殺気を互いに感じとっていた。





予想通り信号が青になるやプリウスは猛ダッシュを開始。登坂車線をロケットの様に登ってゆく。
低速トルクのない我がGT-Rは少し出遅れた。しかしギアが3速に入る頃には追いつき、パワー差を以て一気にプリウスをぶち抜いた。
ハイパワーマシンに乗るメリットの1つはこうした武力行使の場面でその威力を最大限に発揮できることだ。



しかしながら初等戦技教程で言及したように、武力の使い方を誤りひとたび戦(いくさ)を始めてしまうと終戦に持ちこむのはなかなか難しいものである。
どのような結果になろうとも全て自分で責任を負わねばならないのである。
そのことを知りつつプリウスに絡んでいった私は大いに反省せねばならない。



勾配の強い登坂車線を過ぎて少しペースを緩めたところ、すぐにプリウスが背後に迫ってきた。
私は再びプリウスを引き離してやとうと思い軽くアクセルを踏み込んだ。
峠の短いストレートで速度が3ケタまで伸びる。
確認のためルームミラーを見たところ、驚いたことにプリウスもしっかり喰い付いて来ているではないか!





高速のS字コーナーに突入。プリウスの細いタイヤで一体なぜ?、と思えるほどコーナーの走りも鋭い。
コーナーにおける最大旋回速度はマシンの車重や馬力に関係なく、主に路面とタイヤの摩擦係数μで決まる。
(*古典力学的に計算すれば車重Wやタイヤ接地面積Sは最終的に消えてしまい、コーナー速度はμと半径Rの平方根で表される)
従ってラジアルタイヤを履く限り、GT-Rもプリウスもコーナーにおけるパーシャルの速度は大差ない。
(*理論上は左記の如くだが、実際はタイヤ接地圧と摩擦係数は非線形関係にあり、接地圧を低くできる太いタイヤの方がドライ路面におけるコーナリング速度は有利になる。反対にウェットでは耐ハイドロプレー二ング性の観点から、細いタイヤとロールするサスペンションの方が有利である) 



私はやむを得ずコーナー立ち上がりでブーストが掛かるほどアクセルを踏み込み、かろうじてプリウスを引き離した。
プリウスのドライバーは中年の男で多少は腕に覚えがあるとみた。プリウス相手に峠で恐怖を感じたのはこれが初めてである。
峠の登り以外の区間では、たとえマシン同士にパワー差があっても本気で挑んでくる相手を振り切るのは容易なことではない、このことを改めて実感させられた。



いやGT-R vs 初代プリウスのバトルでそれは有り得ない、お前の腕がなさすぎるのだと感じる向きもあるに違いない。
純粋にマシンの限界まで攻め込めるサーキット走行と異なり、ストリートバトルでは必ず安全マージンを残した走りをする必要がある。
特に先行する場合はそうだ。先行する場合はペースを上げることよりも、寧ろ自然にヒートアップしてくるペースをいかに抑えるかに力を注ぐべきである。



もう一つ、ストリートバトルにおいて100%本気で攻めるのは無粋である。スペインの闘牛を例に挙げよう。人々から尊敬される闘牛士は牛の攻撃をかわす際にもほとんどその場を動くことはなく、その動きは極めて優雅である。ちょこまかとトリッキーに動く闘牛士は、たとえ牛を倒したとしてもブーイングを受けることになるのだ。



同様に、格下のプリウスに対しギアを一段落してあからさまに本気のフル加速するなどということは実にみっともない事だと私は考える。たとえ一時的にプリウスを引き離したとしても、その先で一般車に捕まり再びプリウスに追いつかれたらバツが悪いであろう。それを回避しようと一般車を次々に追い越すなどの無理(しばしこうした輩を見かけるが)をすれば、それこそ相手の威力によって事故のリスクを負う状況に陥らされたも同然ということになろう。であるならば逆に、背後に張り付かれても動じない姿勢を見せつけた方が良いだろう。
一方で、万がいちプリウスが我がGT-Rに追い越しをかけてきたら追撃し、2マイル先にある長いトンネル内ストレートで安全に撃破しようと私はバトルデザイン を描いていた。



その後一般車列に捕まった我々はペースを上げられぬままタンゴ峠を通過した。その間、プリウスは我がGT-Rの背後で半車身右にずらして煽ったり、ストレートで少し車間を開けたあとコーナーで一気に背後に迫ってくるといった、つまらぬ輩がしばし披露する小細工を繰り出してきた。





タンゴ峠を抜け、ダム沿いのワインディングに至った。かつてはドリフト族やバイク野郎たちが夜な夜なローリングを繰り返した県下有数のワインディングである。
バトル中断が長引いて我がGT-Rに対するプリウスの攻撃が少し鈍ってきた。集中力が切れたようだ。
私は対向車が途切れた一瞬のスキをついて前を走る一般車をパス。
我が前方はクリアーな状況となった。



プリウスは一般車を激しく煽り始めた。
プリウスも私に続いて一般車を追い越したいのだが、対向車線の車により不可能であったため悔しさを露骨に現していたのだ。



プリウスが一般車でブロックされたので、私はその気になれば戦線を一気に離脱することも可能ではあった。
通常はここでバトルの勝敗がついたことになるだろう。
しかしひねくれ者の私はあえて後ろの一般車とペースを合わせ線戦にとどまった。
プリウスを待ってあげる姿勢を見せつけることで、茶化そうとしたのである。
お前相手に逃げる必要など無いのだというメッセージを送りたかったのである。



マイク市に至るまでプリウスは一般車を煽り続けていたが、やがて別の方面にまがっていった。
戦(いくさ)を終え、ほっと胸をなでおろした私であった。
自動車バトルひとつをとってみても、人の執念とはかくも深いものかといつも実感させられる。





                                戻 る













 

inserted by FC2 system