これは2013年の5月頃、比較的珍しいイタリア車 マセラティ 3200 GTと対峙した時の話である。
その日、休日勤務を終えた私はインディアブラボーからマイク自動車道下り線に乗り、家路を急いでいた。
タンゴICで本線に合流する時、細長くカーブしたテールランプが特徴的な1台のマセラティ(*)が、追い越し車線上を走り去るのが見えた。
(* 呼び方は多様であり、かつてスーパーカーブームの時代には "マセラーティ・メラク"などと呼ばれていた。自動車評論家の徳大寺有恒は "マゼラッティ"と呼んでいる)
マセラティ 3200GT(3.2LV8ツインターボ、370馬力)
プレミアムマシンとの久々の遭遇である。
私は直ちに33Rを加速させ、混み合った左車線を縫うようにかわし、追い越し車線に移動した。そしてマセラティの後方にポジショニングし、アラート態勢に入った。
あくまで礼を失さぬよう、マセラティの80フィート圏内には入らない。
我が33Rからのプレッシャーなどまるで眼中にないかのごとく、前を行くマセラティの挙動に変化は見られない。
しばらくして前方がオール・クリアーになり、マセラッティが加速を始めた。そのエグゾーストが、フォーンと高い音色に変化した。
” くっくっく、マセラティの速さを見せてみろよ。 逃がさんぞ・・ ”
意気込んだ私はアクセルを踏み込んでマセラティを追尾した。
速度は80knotにまで達したが、マセラティの加速ぶりは明らかに余力を残したものであり、まるで我が33Rの反応を探っているかのようであった。
このような時、自分の速さを誇示したい衝動にかられ、つい相手に接近して煽ったりしがちであるが、そのようなうかつなアクションを起こすことは、相手にこちらの行動パターンや加速性能、ひいてはドライバーの性格(プロパティ)といった戦略的に重要な情報を与えてしまうことを銘記すべきである。相手が一流の走り屋であれば、必ずそのような情報収集を行っているはずである。
やがて、3200GTの方が動いた。走行車線に移り、我が33Rに道を譲ったのだ。
では行かせて頂こう。私は100ノットまで加速して、少し挑発的に3200GTを追い越した。
はたしてこのまますんなりと終わるものかと私が危惧していたところ、思った通り背後にマセラッティ3200GTが喰いついてきていた。
先ほどとは異なり、今度はマセラティも確実に踏んできているのが分かる。
最低限の車間は保ってくれているが、やはりこの100knotの速度域でミサイル・ロックをかけられるのは嫌なものである。
休日ということもあり高速道はそれなりに混雑していたので、私は本気モードの戦闘に持ち込む気はなかった。いわんや、なりふり構わず一般車に迷惑をかける見苦しい戦いをすることは、断じて私のポリシーに反する。
マセラティは察したのか、直ぐに挑発を止めた。
私は背後から迫るV8サウンドが少しずつ遠のいてゆくのを感じた。そして、その音を再び聞くことはなかった。
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